〜月齢13〜
視察に出た時と従者の数が変わり、怪我をしていない者はいなかった。
アーウィングは足を負傷していて、フェンネルが抱えて連れて来た。
もう夜になっていたのでそのまま寝室に運ぶ事にした。
フェンネルのすぐ上の兄であるディルが代わって全ての報告を行った。
「視察が終わって帰ろうとした所、アレグロの街との間にある山道で魔族に出くわしたのです。
彼は我々に敵意を持っていました。魔物たちを操り、我々に襲いかかってきたのです。
力を尽くして戦いましたが、数人の犠牲を出してしまいました…」
「それで、その魔族は…」
「あいにく、捕り逃がしてしまいました。深追いは危険という判断を下しましたので…。
姿はハッキリとは覚えていません。夜の山道は闇夜に等しい…その中での戦いは苦しい。
顔を正確に確認するのは至難です。申し訳ございません…」
誰もがその証言を信じた。そして、魔族への憎しみと恐怖を呼び起こさせた。
魔族への警戒から、当分の間、城の警護が固められる事になった。
城にあるアーウィングの私室、仕事以外に使っている部屋は書斎兼寝室にもなっている。
普段ならリディアと夫婦での部屋で眠るのだが、
怪我と、それによって起きる発熱を癒す為に一人で寝かせた方が良いと判断したからだ。
「しかし、骨折じゃなくて捻挫なんだろ?足は大丈夫そうだな」
「まぁね。でも案外、骨折の方が早く治るかもしれない。ただ、肩の傷がね…」
「そうだな。でも、何とか誤魔化せそうだな」
「うん…でも、リディアにだけは話そうと思う。隠し事はしたくないんだ…」
フェンネルはアーウィングの額に自分の額をくっつける。
「熱、今は大丈夫そうだな。顔見たがってるだろうし、明日にでも会うだろ?」
「…ん。僕も会いたかったしね。気が狂いそうだった。
谷底でこのまま死ぬのかと思った時に考えたんだ。
僕が死んだらリディアはどうするだろうって…。
これから先、僕以外の誰かを好きになって幸せに、なんて…
とてもじゃないけど、思ってあげられなかった。考えたくも無かった。
どんなに醜い感情が僕を支配していたか分かる?」
「お前には似合わないけどな。でも、分からなくもないぜ?」
アーウィングは力なく微笑う。
「僕は、僕以外がリディアを幸せにするのが嫌なんだよ。矛盾してるよね?
だけど、それが正直な気持ちだって気がついたんだ。
振り向いて欲しい。愛されたい。彼女の全てを独占したい。
初めてなんだ…こんな気持ちになったのは、
何を犠牲にしてでも守りたいものが彼女と、
その傍にいられる今の僕の立場なんだ。…軽蔑するかい?」
「いや、そんなの当然だ。それに、お前は今まで淡白過ぎたんだよ。
もっと、ワガママになったって俺が許す!
お前はもっと望んでも良いはずだよ…無理すんなよ。俺は…」
フェンネルはアーウィングの肩に腕を回して引き寄せる。
「俺は、お前の幸せな姿が見たいんだ。それを守るのが俺の使命だと思ってるんだ。
だから、味方してやるから頑張れ!
お前みたいな良い奴が幸せになれないなんて…そんなのはないだろ?
神様にだって掛け合ってやる。心配するな。運命はお前の方に傾いてるんだ…」
アーウィングを離すと出ていってしまう。
大人しくベッドに横になると心地よい眠気が襲い、瞼を閉じた。
夢を見た。
君が僕を想って泣いている夢…。
その涙で僕の中の醜い感情は洗い流され、君への愛が僕を包んだ。
強く抱きしめたら壊れそうな君の細い身体、
その温もりを感じられたらどんなに幸せだろう…。
たとえ、触れる事が叶わなくても、これからも君の隣で眠らせて。
誰よりも近い場所で君と同じ夢を見ていたいから…。